540ml

『人生のどん底』というワード。
耳に入るたび、白髭のおじいさんを思い出す。

電車に乗り、都会へ出かけた日のこと。
わたしは気温の変化が苦手だ。
真夏の暑さで、思わず顔を歪ませる。

駅の改札を出ると、わたしの足取りはゆっくりになっていく。

長い白髭の生えたおじいさん。…が、床で寝そべっている。

目の前にある自動販売機へ足を進める。

540mlのお水なら飲めるかな。

無難なボタンを押す。
ガコンッと音が鳴る。
ペットボトルを手に取ると、水滴が冷んやりして気持ちいい。

後ろを振り向くと、売店が目に入る。

この人、海老のおむすび食べれるのかな。

一つ買ってしまった。

おむすびとお水だけのランチセット。
おじいさんの顔の前に、そーっと置いてみる。

…起きないんだ。

ぐっすり寝ている姿を無言で見つめ、きびすを返す。

デパートで数時間過ごし、駅に戻る。
地下通路を通ると、さっきのおじいさんが歩いている。

そのまま無表情で通り過ぎて、家に帰った。

────

電車に乗り、いつも通り都会へ出かけた。
私は気温の変化に弱い。
暑さが和らぐから、秋の始まりはすきだ。

地下通路の階段を上り、外へ出る。
イヤホンを外しながら、視線を上げる。

…四年ぶりに見かけた。
ランチセットを置いたおじいさん。
歩いては漁って、なにかを探している。

え、歩いてる。
ちゃんと歩けるんだ。

ちゃんと、生きてるんだ。

お互い無表情ですれ違う。

私が何気なく過ごした日々を、あの人はどう過ごしていたのでしょうか。

案外、その生活は悪くないのでしょうか。

長い白髭が伸びたおじいさん。
似ているだけかもしれない。

ふと考え込んで、

やめた。